今日のお山はご機嫌ナナメ
あぐりでケアニンのたまちゃんです。
今日はブログりたいテーマがたくさん降りてきていて、何をテーマにコラムれば良いかしら⁉️と考えただけで、わくわくします。
私はこういう文章を書くのがどうやら好きらしいです。ケアマネの時にブログで個人情報漏洩ミスをしでかし、結果ケアマネ辞めてるのにです😅辞めた原因ではないですが、きっかけではあります。
書いているとドンドン興奮してきます🤪あれも書きたい、これも書きたい、なんかヤバい物質が体内から溢れ出てきます😆なので、一回、一回がやたらと長い文章です😅
その道のプロ(有名ブロガーさん?とか)が見れば、無駄な表現が多いのかもしれませんが、本人が楽しいならいいのでは?というゆるい気持ちです。所詮は、趣味なんでね、良いでしょう🙆これで稼いでいません。
さて、書いているうちに、今日は『サンクコスト効果』について、アウトプットすることに決めました。
サンクコスト効果⇒ すでに支払ったコストに気をとられ、合理的な判断ができなくなってしまう心理効果
たまちゃんは(元を取りたい)タイプです。
支払うからには元をとらねば!損はしたくない‼️
食べ放題でも元を取らないと気がすみません。結局、元なんかとれないんですよ?知っています。それでも元を取りたい意地汚い心、これがサンクコストの呪縛、呪い🤪
ヘルパーを10年半しました。
完全にサンクコストの呪いだと思います。この月日やってきたのに、今更辞められないよねっていう気持ちの10年半。
よくよく考えたら、ぬるま湯に浸かって、楽していた10年半です。惰性に妥協、文句、不満、悪口、非難、ネガティブな想いの方が強かったように思います。ただ、その反面、楽、努力なく無理なくできる、楽しい、責任がない、安心感も得ていたのだということは、ケアマネになって薄々気付き、ケアマネを辞めてから確信しました。
私は、証を得て、居宅ケアマネになりたいと意気込み、なってはみたものの、傲慢で視野の狭い自分を世の中から見せつけられ、気付かされ、自分から壁をバコバコ作り出し、しんどくなりすぎて、結果、自分が作り出した壁の前からひきかえしました。
逃げたと思ってます。また、自分の逃げ癖に負けたと。私の本質は変わってはいないと、絶望しました。
この思考では、また自分自身でドンドン傷ついちゃうので、『別の道を行く決断を勇気を持って行動した』という風に思考を書き換えているところです。
ケアマネになることがゴールではないのです。
私がしたいことは、ワタシ自身と私と縁を持ってくださった人々の成幸の維持•向上•継続であるのです。
成功したいってよく聞きます。
成功の形はどんな形なんでしょう?
今は成功してないのでしょうか???
![](https://ny-care.com/wp-content/uploads/2023/06/IMG_0468-768x1024.jpeg)
私は既に充分幸せです。まだ、これ以上、幸せになろうとしている欲張りか⁉️ではありますが、成功ではなく、成幸を継続したいのです。
サンクコスト効果の話からズレました。
ケアマネになりたての頃、昔の同僚さん(サ責さんとヘルパーさん)と上司さん(管理者)が、ヘルパーをしていた頃の法人から、独立して作った小規模多機能にご挨拶に行った時のことです。
知ってる皆さんから「たまちゃん、ケアマネがんばってね!」「ケアマネになってすごいね!」「ケアマネ試験、がんばったね!」とチヤホヤ声をかけられ、ニヤニヤしました。「念願のケアマネさんだね!」と皆さんが言ってくださいました。
その帰りの車内で元教育係ケアマネ先輩(所長)が「なぜ(訪問介護事業所)辞めて、(小規模多機能)に行かなかったの?あそこでケアマネになれば良かったじゃん」と仰られた瞬間に、ドワッと涙が出ました。
泣いた理由は、ここの居宅(元職場)に憧れて、あなた(その先輩)の下でケアマネの勉強をしたかったのに、なぜ、そんなことを言うんだ😱と思ったからです。突き放された感じを受けたのです。
ただの疑問だったのかもしれませんが、私は、自分を拒否をされたとその瞬間に感じてしまいました。それまでの間にも、度々、そういうメッセージに受け取れる態度や言葉を感じていました。真実はわかりませんが。
被害妄想と被害者意識でしょうが、必要以上に感受してしまいます。
今になって解るのは、その根底には、ヘルパー10年半辞めなかったのは、自分の中に確固たる想いがあって、継続心からやっていたわけじゃなく、サンクコスト効果があったからだと、潜在意識は知っていたからなんだろうなということ。見抜かれた感や辱めの感情を自分が感じたのではないか?ということです。
損切り、見切りをつける、なんて言葉がありますが、明らかに得ることがない、または実入が少ないことをやり続けているコストを考えたら、人生においては、やらないことを決める勇気も大事だと感じたお話です。
やりたいなら、俄然やるべきですが、惰性や妥協でやり続けている、明らかに面白くないし、なんなら、疲弊しているなら、やめる勇気も必要だという実体験の話です。
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